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大阪高等裁判所 平成2年(う)1079号 判決 1992年1月22日

主文

原判決中有罪部分を破棄する。神戸地方裁判所尼崎支部が被告人に対して昭和六三年一二月二一日言い渡した確定判決(調書判決)の主文第一項ないし第三項を次のとおり変更する。

「被告人を懲役三月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。」

理由

本件控訴の趣意は、弁護人南逸郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、法令の解釈適用の誤及び量刑不当を主張し、ことに、その法令解釈の誤の主張の要旨は、原裁判所は、再審の結果無罪を宣告した事実と有罪について争いがなく証拠上も明白な事実とが併合されている本件において、右有罪部分につき、主文で「被告人を懲役三月に処する。この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。」と宣告したが、右主文の内容によれば、原判決確定の時から執行猶予期間が起算されることとなり、再審の対象となった確定判決当時の内容(懲役一年二月・四年間刑執行猶予)より執行猶予の起算日が遅れる点で被告人に実質的に不利益を及ぼすから、原判決は刑事訴訟法四五二条の再審における不利益変更禁止の規定の解釈を誤っており、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤が認められる、というのである。

そこで所論にかんがみ、記録を調査し、さらに右法令解釈についての弁護人(神戸大学教授三井誠作成の鑑定意見書を援用するもの。)及び検察官の各弁論をも参酌して検討するに、当裁判所は、以下に説示するとおり、原判決には理由不備の違法が認められるから、所論について判断するまでもなく破棄を免れない、と判断した次第である。

すなわち、記録によれば、被告人に対する業務上過失傷害、道路交通法違反被告事件(昭和六三年一〇月二八日付起訴状記載の公訴事実)と道路交通法違反被告事件(昭和六三年一一月一五日付起訴状記載の公訴事実)について神戸地方裁判所尼崎支部が併合審理のうえ、昭和六三年一二月二一日宣告した「被告人を懲役一年二月に処する。この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。訴訟費用は被告人の負担とする。」との確定判決(昭和六四年一月五日確定、調書判決、以下原確定判決という。)について、その一部である昭和六三年一〇月二八日付起訴状記載の公訴事実について検察官請求による再審開始決定が確定したこと、その結果開始された本件再審被告事件について、原裁判所は、前記一〇月二八日付起訴状記載の公訴事実につき無罪(以下無罪事実という。)、同一一月一五日付起訴状記載の公訴事実につき、「被告人を懲役三月に処する。この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。訴訟費用は被告人の負担とする。」との有罪(以下有罪事実という。)の判決を宣告したこと、原判決に対して被告人側のみが控訴して当審に係属したこと、がそれぞれ明らかである。

ところで本件のように、再審開始決定が確定した事実と再審請求がなかった事実とが併合されている場合に、原確定判決において一個の刑が言い渡されているときに、再審裁判所が再審の対象となった事実について無罪を言い渡す際には、同時に再審請求のなかった事実のみについての刑を言い渡さざるを得ないが、右事実は元々再審請求の対象となっていないのであるから、その性質上再審裁判所の審理の対象になっていないと考えるのが合理的であり、右刑の宣告にあたっては、原確定判決をした裁判所の立場にたち、原確定判決当時の法令とその当時量刑の基礎となった証拠関係に基づき、再審請求がなかった事件のみであれば、原確定判決当時にどのような量刑がなされるべきであったかを仮定して刑を言い渡すべきものであり、再審裁判所が原確定判決後の法令、証拠を考慮して再審判決時点において新たに量刑すべきものとは考えられない。

したがって、右刑の宣告手続の法的性質は刑法五二条の併合罪の一部につき大赦があった場合の刑の分離決定手続に類する特殊なものと解するのが相当である。

そうすると、再審裁判所が再審請求のなかった事実のみであれば、刑の執行を猶予すべきであると判断した場合にも、右判断は原確定判決時の法令と量刑資料に基づくべきものであるから、その執行猶予期間の起算日は、原確定判決の確定時(昭和六四年一月五日)からと解さざるを得ない。

これに対して原判決は、前述のとおり「この裁判確定の日から二年間」と判示して、あたかも原判決確定の日から刑の執行が猶予されるかのような主文を宣告したのである。

もちろん、原判決の理由中の文言によれば、有罪事件について「原判決の認定したところに基づき、あらたに刑の量定を行うこととする。」としているから、前記主文の言葉は全く新たに量刑を宣告したものではなく「再審裁判の確定により刑の執行猶予が確定するが、再審の趣旨によればその始期は原確定判決の確定時からとなる」との意味に解することが可能であり、前記三井教授の鑑定意見は右のような補正的解釈ないしそのような付記をした主文が適当であると述べ、また検察官の弁論によれば、原判決のような主文が言い渡されても、実務上は執行猶予期間の起算日は原確定判決確定日として取扱い、前科調書にもその旨付記することとなっている実情が窺える。

しかしながら、有罪判決、ことにその主要な部分である主文は、国家が一般的には法律の専門家ではない被告人に対し、強制的に不利益を課することを宣言するものであるから、その性質上、可能な限り二義的な解釈を許さない明確なものである必要があるといわなければならず、右見地にたって原判決の主文をみると、「この裁判」が原判決をさすのか原確定判決をさすのか主文として不明瞭ではないか、との謗を免れないといわなければならない。

そこでさらに、どのような主文により表現することが可能かつ適当かについて検討するに、執行猶予の起算時点を明確にする趣旨からすると、「ただし、原確定判決確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。」とすることが一応考えられる。

しかしながら、右主文も、執行猶予の起算日の点では正確ではあるものの、そのままでは再審裁判所が新たに量刑の裁判をしたのではないかとの疑いの余地がないとはいえない。

なぜなら、刑の分離のみを目的とする前記刑の分離決定手続の場合にはそのような疑いを生ずる余地はないものの、本件の再審開始決定主文が「本件について再審を開始する。」となっていることからもうかがえるように、形式的には無罪事実と有罪事実の双方が併合審理されているかのような概観を呈する再審公判の判決においては、有罪事実についての量刑がどの時点を基礎になされたかは一義的に明白とはいえないからである。

そこで、当裁判所としては、主文の持つ前記のような使命に配慮し、より正確な表現方法を考察すべきものと思料し、さらに検討するに、前述のとおり再審裁判所が有罪事実について量刑を宣告する手続が極めて特殊な法的性質を有することを考慮すると、法に明文はないものの、再審裁判所の権限として、原確定判決の主文のうち必要部分を変更することができると解するのが相当であり、冒頭掲記のような主文が可能かつ適当であると判断した次第である。

そうすると、右のような主文を宣告すべきであったにもかかわらず、難解な補正的解釈を必要とするような前記主文の表現に止めた原判決には、有罪判決に付すべき主文が不明瞭に過ぎるという点で理由不備の違法があると認められる。

以上によれば、原判決のうち有罪部分は所論について判断するまでもなく、破棄を免れない。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三七八条四号により原判決中有罪部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書によりさらに判決することとし、原確定判決が有罪事実について確定した事実に対する原確定判決摘示の各法条(道路交通法一一八条一項一号、六四条、懲役刑選択、刑法二五条一項、ただし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用する。)を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 米田俊昭 安原浩)

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